広島原爆の日~大橋 智夫 永久名誉代表のFacebookより[2025(令和7)年8月6日]

2025年8月8日 0時09分22秒 (Fri)

本日から80年前の昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分。人類史上初めて、当時のアメリカ合衆国政府は、広島に原子爆弾を投下しました。

その3日後の8月9日午前11時2分、長崎に2発目の原子爆弾を投下しました。この爆弾は、広島に投下されたウラン235を原料としたものと異なり、プルトニウム239を原料にした、より強力な原子爆弾でした。

そして、長崎の原爆投下はカトリック教会への攻撃だったとされています。浦上天主堂の真上に投下されているからです。

広島でおよそ14万人、長崎でおよそ7万が亡くなりました。今もなお苦しんでいる方がいらっしゃいます。

いずれにしても当時の米国政府は明らかに民間人を標的にし、国際法と軍事行動規範に違反したことは明らかです。

私の誕生日の次の日に、こんな史実があったことを喜びの後の悲しみとして、毎年祈りを捧げてきました。

インド連邦議会は、反核を強く訴えていたラジーヴ・ガンディー政権時の1985 年から30 年以上にわたり、ほぼ毎年この時期に原爆犠牲者追悼のための黙祷を議会で行っているそうです。

大東亜戦争において、亡くなられた私たち日本人のご先祖様の御霊に祈りを捧げるとともに、残していただいた大切な日本を、豊かで美しい国として後世に伝えていかなければいけないという気持ちを新たにいたしました。

これからの日本を共に美しい日本としていきましょう!

生かしていただきまして、誠にありがとうございます。

・・・

以下、広島市原爆被害の概要から

原子爆弾は、投下から43秒後、地上600メートルの上空で目もくらむ閃光を放って炸裂し、小型の太陽ともいえる灼熱の火球を作りました。火球の中心温度は摂氏100万度を超え、1秒後には半径200メートルを超える大きさとなり、爆心地周辺の地表面の温度は3,000~4,000度にも達しました。

爆発の瞬間、強烈な熱線と放射線が四方へ放射されるとともに、周囲の空気が膨張して超高圧の爆風となり、これら3つが複雑に作用して大きな被害をもたらしました。

広島市 原爆被害の概要


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☆大橋 智夫 永久名誉代表

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