特定の神を信仰する必要はない!~NAOさんのブログより

2020年6月6日 18時12分08秒 (Sat)

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NAOさんのブログより引用してみたいと思います。

特定の神を信仰する必要はない!│NAOの気まぐれ独り言 (ti-da.net)
↓↓↓

世の中には龍神様、観音様、お不動様など特定の神(高級霊)を信仰し、熱心に拝んでいる人は多いものです。
(ここでいう神とは超高級自然霊のことではなく、超高級自然霊の下の高級自然霊のことをさします。)

しかし、これをいうとだいぶ反感を買うかもしれませんが、スピリチュアリズムの視点で見れば間違いです。

信仰することが間違いなのではありません。
特定の神のみを信仰し、拝むことが間違いなのです。
なぜ間違いなのでしょうか?

それは「依存心」があるからです。

特定の神にこだわり、特定の神のみを信仰し、拝んでいる人のほとんどに「依存心」があります。
(宗教をしている人の大半も「依存心」が強いといえるでしょう。)

龍神様を祀り、拝めば助けてくれる。
観音様を信仰すれば、救われる。
お不動様を拝めば、魔を払ってくれる。

そんな風に考えて、信仰している人が非常に多いのです。

確かに龍神様も観音様もお不動様も人のために働く高級霊ですから、祈れば何かしら導きや加護が得られることもあるでしょう。
(龍神には高級な霊から低級な霊まで幅広くいますから、一概に高級霊とはいえません。)

しかし、困った時に助けてくれたり、願いを叶えたり、苦難を取り除いてくれるのが神(高級霊)ではありません。

神(高級霊)が望んでいるのは守護霊と同様、人の霊性向上です。

それに高級霊は高級であればあるほど、物質的な助けやサポートではなく、霊性向上のサポートをしようとします。

なにより、特定の神が常に人を導いたり、助けたり、見守っているわけではないのです。
常に人を導き、(必要な時のみ)助け、見守っているのは守護霊。
全ては守護霊の働きなのです。

だから、守護霊に感謝せず、特定の神(高級霊)のみに感謝することは、小さい頃から面倒を見て育てた親に感謝はせず、有名な人、偉い人にこびを売る形で感謝しているようなものといえるかもしれません。


巷には「私には~の神様がついている」「私は~(神の名前)に守られている」と主張する人が大勢いますが、彼らの言動や生き方をしっかり見てください。

威張ったり、傲慢だったり、自堕落だったり、強欲ではないでしょうか?

もしくは、特定の神に守られていると自惚れたり、神に可愛がられていると自慢していないでしょうか?

もちろん、そうじゃない人もいるとは思いますが、大体はそんな人ばかりです。

彼らが本当に神に守られ、神に導かれているのでしょうか?
ここでわざわざ明言しなくても「波長の法則」から考えてみれば、わかることだと思います。

そういえば、スピリチュアルに関心がある人やスピリチュアルマニアには「龍神がついている」と主張する人が大勢いますが、これは大半が妄想でしょう。

仮に龍神が本当についていたとしても別に珍しいことでもありませんし、特別なことでもありません。

守護霊の中の支配霊(コントロールスピリット)が龍神の人には龍神がついています。
(ちなみに僕の支配霊は龍神なので、僕も龍神がついているといえますね。)

支配霊が龍神なだけであって、ただの霊系(魂の個性の系統)に過ぎないのです。

だから、「私には龍神様がついているの!」とドヤ顔で言う人がいれば「あら、そうなの?あなたの支配霊は龍神なのね!」と軽くドヤ顔返しをしてみてもいいと思います。(笑)



人は何かに守られたいと思う生き物ですし、何かにすがりたいと思う生き物でもあります。

魂のトレーニングジムであるこの世を生き、何が正しいのか、先がどうなるのかがわからない中で、大きな大きな何かに守られ、導かれ、助けてもらいたいと思うのも無理はありません。

しかし、そう思わなくても常に守護霊に守られ、導かれ、助けてもらっているのです。
そのことを感じていない人、気づかない人がほとんどです。

それ以上に欲や執着、悪意に呑まれ、魂を曇らせ(波長を下げ)守護霊が差しのべた手に気づかない人、差しのべられられた手を自らはじく人のほうが圧倒的に多いのです。

これは本当に残念なことだといえます。


特定の神(高級霊)を信仰したり、神を祀らなくても、自分が神に愛される生き方、神に近づく生き方をしていれば、向こうから手を差しのべてきてくれます。

神に愛される生き方、神に近づく生き方とは、どういうものでしょうか?

それは、もちろん、大我(利他愛)の実践、スピリチュアリズムの実践です。

スピリチュアリズムという言葉や法則を知らなくても、大我の実践、スピリチュアリズムの実践をしている人はいます。

彼らは無宗教でも無神論者であっても、神に愛され、守護霊の導きやサポートを得ています。

神を信仰し、必死に神に祈り、神という言葉を連呼している人よりも、はるかに神に愛され、神は近くにいるのです。



特定の神を信仰するな、とは言いませんが、神を信仰する前に自分の心と深く向き合う必要があります。

信仰に「依存心」はないでしょうか?
現実逃避や怠惰な心はないでしょうか?
選民意識や特別意識はないでしょうか?

特定の神を信仰する理由、神にこだわる理由、神を拝む「動機」をしっかり考え、明確にする必要があります。


最後に。

多くの人は守護霊や神を意識し、拝めば拝むほど加護が得られる、という間違った考えを持っています。

しかし、守護霊も龍神様、観音様、お不動様の神様(高級霊)も自分を拝んで欲しいとは思っていません。

霊界にいる高級霊たちは自己顕示欲がないので、名前を呼ばれることや自分に関心を持たれることに興味がないのです。

そんなことよりも、高級霊が興味があることは、ただ一つ。
私たちの霊性向上。
そこなのです。

そのことを理解した上で「依存心」を捨て、特定の神を信仰してみると、もしかしたら、より神の導きや加護が得られるのかもしれませんね。


[資料室5]瞑想の危険性など 
 

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